2004/6/24
J-Style Vol.2
セパンサーキットに行ってきました。今回は今までと違い夕方から決勝レースが始まるという半ナイト!?スケジュールのためレースウィークすべて朝が早くなく、朝が弱い僕にとっては最高のスケジュールでしたが・・・・・・・。
今回の我がESSO号は結果から言いますとダメでした。まず、飯田章がスタートし3位を走行していました。一人のドライバーの最低周回数19周のところ18周目にスローパンクチャ―から緊急ピットイン。このとき本来ならドライバー交代を含め給油、タイヤ交換をしピットアウトをするのですが規定周回に1周足らないため章が続投でピットアウト。この時点で事実上戦線離脱、その後十数周、周回を重ねた後、飯田章がマレーシアの灼熱地獄にやられ脱水症状により意識がおかしくなりスピンクラッシュを起こしてしまいました。その後メカニックの懸命の修復により僕がレースに復帰できましたが、そのときにはレースの結果は決まっていました。パンク自体が起こらなければよかったのですが、起こったとしてももう一周遅く起これば僕にドライバー交代ができたわけで、とか考えます。
章の体が無事だったのはよかったですが、やっぱり“ながれ”が悪いです。でも、めげることなく前向きにいろんな事を考えがんばっていきたいと思います。
次は十勝です。